2026年08月02日

【地域を元気にする企業ドラマ①】なぜイオンのトップは「岡田氏」ではなかったのか? 〜小さな呉服店が全国へ広がった理由〜


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◆ ニュースの記者会見で感じた「素朴な疑問」

先日、熊本で発生した痛ましい事故のニュースをご覧になった方も多いのではないでしょうか。テレビではイオンの社長が深々と頭を下げ、事態の説明と謝罪を行っていました。

その映像を見ながら、ふとこんな疑問が頭をよぎりました。

「あれ? イオンのトップって『岡田さん』じゃなかったかな?」

イオンといえば、創業家である「岡田家(岡田元也取締役会長など)」が非常に有名です。しかし、会見に臨んでいたのは現社長である吉田昭夫氏でした。

実はこの疑問の中に、「なぜ、たった一軒の小さな呉服店が、日本を代表する巨大グループになれたのか」という、企業成長の大きな秘密が隠されています。

◆ 現場に任せる「グループ(持株会社)体制」の強み

現在のイオンは、一つの巨大な会社がすべてを直接動かしているわけではありません。

「イオン九州」「イオン北海道」「イオンリテール」といったように、地域や事業ごとに独立した会社(法人)を作り、それぞれの社長に現場の経営を任せるスタイルをとっています。

本部のトップ(岡田会長など): グループ全体の方向性や未来のビジョンを示す

地域の社長(吉田社長など): 現場の経営、安全管理、地域密着のサービスに責任を持つ

「一人のワンマン経営者がすべてを抱え込む」のではなく、「権限と責任を現場に与え、地域に合った判断をスピーディーに行う」。

これこそが、イオンが全国各地に根を張り、巨大なインフラへと発展できた最大の理由です。

◆ 原点は、たった一軒の「小さな呉服店」

今でこそ全国どこに行っても見かけるイオンですが、そのルーツは江戸時代(1758年)に三重県四日市市で創業した「岡田屋」という小さな呉服店(衣料品店)でした。

戦後、この小さな街の服屋さんが一気に飛躍する「最大のきっかけ」が訪れます。
それは、「ライバル同士が手を組んだこと」でした。

1969年、三重の「岡田屋」、兵庫の「フタギ」、大阪の「シロ」という、それぞれの地域で頑張っていたローカルスーパー3社が集まり、こう決断します。

「これからは地方の小さな店同士が合体して、大都市の大企業に負けない強い仕組みを作ろう!」

こうして誕生したのが、イオンの前身である「ジャスコ(JUSCO)」です。

◆ 壁を乗り越え、巨大化していった「3つの突破口」

一社だけでは生き残れなかったかもしれない小さな店が、全国へ広がっていく過程には、次のような「壁の乗り越え方」がありました。

1)地元の店と「仲間」になる(再編と統合)

全国各地で経営に苦しんでいた地元の老舗スーパーをグループに迎え入れ、「イオン九州」などの地域会社として生まれ変わらせました。

2)「新しい仕組み」を早く取り入れる

本場アメリカのチェーンストア理論を導入し、大量仕入れと効率的な物流で「良いものを安く」届ける仕組みを整えました。

3)「地元のことは地元に任せる」

北海道と九州では、売れる商品も暮らしの文化も違います。だからこそ現場の社長に権限を渡し、地域密着の店づくりを徹底しました。

◆ マナホームがこのストーリーから学ぶこと

どんなに巨大な企業も、最初から大きかったわけではありません。最初はたった1人、2人の小さな挑戦から始まっています。

そして、時代の変化や経営の壁にぶつかった時、「これまでのやり方に捉われず、人と手を組み、仕組みを変えたこと」が飛躍のきっかけになりました。

私たちマナホームも、地域に根ざす一企業として、日々お客様一人ひとりの「家づくり」や「暮らし」と向き合っています。

「どうすれば地域をもっと元気にできるか?」
「どうすればお客様に安心と感動を届けられるか?」

大きな企業の成り立ちや歴史には、私たち中小企業にとっても、そして毎日現場や地域で頑張るすべての人にとっても、「明日への勇気とヒント」が詰まっています。

小さな一歩を大切に、私たちも日々挑戦を続けてまいります!

(次回予告)

次回は、山口県の小さな街の紳士服店からスタートし、売り方の常識を打ち破って世界ブランドへと駆け上がった「あの服屋さん(ユニクロ)」のドラマをお届けします。どうぞお楽しみに!

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