
いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます。
私は普段、日課として簡単なメモや日記のようなものを毎日つけているのですが、今朝の早朝、文字を書いていて、本当にふとした思いつきのような疑問が頭に浮かびました。
「神様」の「神」
「ご先祖様」の「祖」
「神社」の「社」
「そういえば、どれも同じ『示偏(しめすへん=礻)』だな。普段何げなく書いているけれど、これってどういう意味なんだろう?」
気になって調べてみると、この「示偏」の元になっている形は、古代の「神様にお供え物を載せる祭壇」の形なのだそうです。つまり、目に見えない尊いものに感謝し、祈りを捧げる言葉にこの偏が使われているということですね。
そこでハッとしたんです。
私たちが仕事で日常的に使う「会社」の「社」にも、この示偏がついています。
公務員の方が携わる「社会」や「福祉」の「福」も同じです。
昔の人々にとって「社(やしろ)」とは、土地の神様を祀り、『人が集まってお互いを助け合う場所』のこと。
そして「福」は、祭壇の前で『人々の幸せを祈ること』を意味していました。
つまり、ただ会社に勤めて働いている人にとっても、役所で地域を支えている人にとっても、毎日書類で書いている文字の根っこには、先祖代々受け継がれてきた「誰かの幸せを祈り、支え合う」という言霊(思い)が、最初から込められているんです。
効率やスピードばかりが求められ、文字がただの記号として消費されていく現代。
知らず知らずのうちに、昔から受け継がれてきた「日本らしさ」や、目に見えないものを大切にする日本の豊かな文化・心が薄れていってしまっているのではないか……そんな寂しさと危機感を強く感じました。
だからこそ今、私たちはこうした日本の伝統的な文化や心を「当たり前」と切り捨てず、改めて大切に守り、次に繋げていかなければいけないのだと深く思わされたのです。
そして、この「言葉の根っこ」や「日本の心」を思うとき、ふと考えさせられるのが今の政治や国会議員の方々の姿です。
「義(正しい道)」を言葉にすると書く「議員」でありながら、裏金や目先の利権に囚われたり、掲げた公約を守らなかったり……。「一体何のためにその立場にいるのか?」と疑問に思うことばかりです。
国民から権限を託されている以上、時代に合わせて世の中を良くしていく「変化」を起こすことこそが使命のはずです。なぜもっと目的意識を持って、スピード感良く動けないのでしょうか。
私はイーロン・マスク氏のように、「目的のために、古い形にとらわれず圧倒的なスピード感で変化を起こしていく姿勢」がとても好きです。
立場や権利を持った人間こそ、言葉に責任を持ち、日本の心とスピード感、そして実行力を持って社会に貢献していくべきではないでしょうか。
もちろん、これは政治家だけの話ではありません。
会社員であっても、公務員であっても、そして私たち経営者であっても同じです。
「自分は何のためにこの仕事をしているのか」
「託されたご縁や期待に、どれだけのスピード感と誠実さで応えているか」
文字に込められた先人たちの思いと「日本らしさ」を忘れず、口先だけではなく、スピード感を持って目の前の仕事に全力を尽くす。それこそが、働く人間としての本来の姿なのだと改めて胸に刻んでいます。
ふとしたメモからの小さな疑問でしたが、言葉の奥深さと仕事への姿勢、そして日本の心を改めて見つめ直す、とても貴重な気づきとなりました。
今日も一つひとつのご縁とこの土地に感謝しながら、責任を持って誠実に、スピード感を持って仕事に向き合ってまいります!







