
すっかり秋も深まり、あちこちで秋祭りの賑わいが聞こえてくる季節になりました。
そんな街の空気を感じながら、ふと頭に浮かんでいたのは、今年の9月に長年連れ添ってきた相方(妻)と出かけた、茨城県・鹿島神宮の『御船祭(みふねまつり)』のことです。
12年に一度開催される、日本を代表する誠に華やかで誇りある大祭。当時はその圧倒的な熱気に包まれていましたが、秋祭りの季節になり、事故から1ヶ月半という時間が経過した今、改めてあの日相方と過ごした時間や、そこで起きた「実際の出来事」を冷静に振り返っています。
あの日、午前中の明るい時間帯でのことでした。
稲刈りが始まる時期の農道を、どこまで続くのかわからないまま延々と歩かされていたときのことです。
一般客として訪れた私たちは、足元が整った有料見学席のエリアには入れてもらえず、田んぼ道を通るしかありませんでした。
しかし、現地での誘導といえば、拡声器で「そっちはダメですよ!」「行かないでください!」と禁止を連呼するばかり。どこへどう進めば安全に行き着けるのかという「正しい導き」は、何ひとつなされていませんでした。
ただ注意されるだけで、どこまで平行線を歩かされるのかもわからない不安の中、目の前には少し幅のある用水路が現れました。
「ここを飛び越えて渡るしかない」という心理になり、みんなが飛び越えていく状況の中で、足元をとられた相体が大怪我を負ってしまったのです。
実際、利根川の土手の上は綺麗に舗装されており、通報後に救急車がそのまま土手の上まで上がってくることができました。
「救急車が上がれるほどの動線やアプローチがあるのなら、一般の来場者に対してもっと安全で適切な誘導や方法があったのではないか」――痛がる相方を前に、無力さと悔しさを感じると同時に、現場や案内のあり方について深く考えさせられました。
最近の世の中やメディアでは、都合の悪い事実には蓋をし、波風を立てないように表面上の華やかさだけを伝える風潮が見受けられます。しかし、実際に起きた事実に目を背けていては、決して現場は改善されず、次に訪れる誰かがまた同じ危険に晒されてしまいます。
誇りある歴史的な大祭だからこそ、事実を真摯に受け止め、より安全でより良い形へと改善されていってほしい。1ヶ月半が過ぎて冷静になった今、私はそう強く願っています。
発展して、これは私たちが日々向き合っている「家づくり」の世界でも、まったく同じことが言えます。
お施主様にとって、家づくりは人生をかけた大事業です。右も左もわからない中で、「あれはダメ」「出来ません」と制約ばかりを突きつけたり、都合の悪いリスク(構造の安全性、資金計画、将来の維持管理)を隠して華やかな見栄えだけをアピールしたりすることは、あの日体験した不親切な誘導と同じです。
建築屋としての本当の役割は、ただ注意や制約を伝えることではありません。
見えにくい足元の危険やリスクを隠さずにしっかりと伝え、お施主様が安心して進める「安全な道筋」を提示し、誠実に導いてあげることです。
そしてもうひとつ、この出来事を経て私の心の中に、とても不思議で温かい変化が生まれていました。
それまではどこか遠い存在だった鹿島神宮、香取神宮、そして息栖神社という「東国三社」の存在が、今では我がことのように、ものすごく身近で愛おしいものとして心に寄り添っているのです。
あの日、相方が怪我を負いながらも命に関わることなく、こうして回復への道を歩めていること。
そして何より、華やかさに目を奪われがちな時代において、「足元を確かめ、人を安全に導くことの大切さ」という建築屋としての一番原点にある大切なメッセージを授かったこと。
怪我という出来事自体は本当に胸が痛み、大変な試練でした。しかし、相方と二人で乗り越え、時間を重ねて振り返ってみると、あれは東国三社の神様が私たち夫婦に与えてくださった「忘れ得ぬ、ありがたいご縁」だったのではないかと思えるのです。
良い縁か、試練の縁か。それは自分自身の心の持ちよう次第で、いくらでも深い感謝へと変えていくことができます。
一生に一度の家づくりも同じです。道中には不安や思いがけない出来事があるかもしれません。だからこそ、私たちが「頼れる相棒」となり、お施主様の足元をしっかりとお守りし、安心できる未来へと伴走していく。
秋の澄んだ空気の中、東国三社の神々に見守られているような温かい心地よさを感じながら、今日もお客様の笑顔と安全第一を心がけています。









