
今日は家づくりの技術的なお話……の前に、少し個人的で不思議な体験をしたのでお話しさせてください。
本日、茨城県の御岩神社さんへ参拝に伺いました。
杉の巨木が立ち並ぶ荘厳な参道を歩き、山頂までしっかりと自分の足で登らせていただきました。息を弾ませて汗を流し、澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んで、頭も体もとてもすっきりと澄み渡るような心地よさを味わいました。
不思議なことが起きたのは、その帰り道のことです。
車を走らせながら、ふと、自分でも思ってもみなかった遠い記憶が頭の中に浮かんできました。
幼稚園の時の、先生のお顔です。
小学校の先生なら「1年生は◯◯先生」と頭(記録)で思い出せますが、今日浮かんだのはお名前すら思い出せない幼稚園の先生。なのに、優しく見守ってくれていたその表情とあたたかい空気感だけが、今さっきのことのように鮮明に蘇ってきたのです。
年月が経ち、それなりに年を重ねた自分が、なんで突然そんなことを思い出したのかと、私自身が一番驚いてしまいました。
人間というのは、山を歩いて頭や体が刺激されたあとにふっとリラックスした瞬間、脳の奥深くに眠っていた古い記憶の引き出しが開くことがあるのだそうです。
それと同時に、「人が幼い頃に感じた『安心していた記憶』というのは、どれだけ月日が流れても心の中に残り続けるんだな」と、なんだかしみじみと感じ入ってしまいました。
この体験を通じて、私は普段マナホームにお越しくださるご相談者様たちのことを思い出しました。
家づくりのお打ち合わせをしていると、土地選びや街選びの段階で、ご夫婦の意見がなかなかまとまらず迷われる場面によく出会います。
よくよくお話をお聞きしてみると、ご主人は「集合住宅でコンパクトに機能的に育ってきた方」、奥様は「一戸建ての環境で育ってきた方」というように、小さな頃に過ごしてきた「住まいのかたち」が全く違うことがよくあります。
どちらが良い悪いということでは決してありません。
集合住宅ならではの効率の良さや暮らしやすさがあり、一戸建てならではの広がりや地域との関わりがあります。
ただ、お二人が子ども時代に体感してきた「日常の景色」や「住まいの当たり前」が違うからこそ、意見が分かれたり迷ったりするのは、ごく自然なことなのです。
建物の間取りや日々の使い勝手などは、実際に家を切り盛りされる奥様に主導権をお任せすることで、綺麗にまとまっていくことも多いでしょう。
けれど一番大切なのは、お互いがどんな環境で育ってきたのかを理解し合いながら、「二人がこれから子どもたちにどんな環境(記憶)を贈りたいか」を重ね合わせていくことなのだと思います。
小さな頃に過ごした場所や、お家の空気感というものは、大人になって何十年経っても、ふとした瞬間に温かく思い出せるほど心に深く残るものです。
まったく違う環境で育ったお二人が、これから育つお子さんに向けて「この家とこの場所で育って本当に良かったな」と思えるような、新しい『原風景』を一緒につくっていく。
そんな大切なご家族の記憶の土台となるような、あたたかい住まいづくりをこれからも丁寧に届けていきたい――。
御岩神社の良いパワーをいただき、思いがけない記憶に触れた、とても不思議で味わい深い一日となりました。









